history

明治から現在まで

  明治17年、現在の兵庫県淡路島から先祖が一家を挙げて、北海道へ転入してきました。
幌別村を皮切りに、長沼村、留萌村と渡り歩き、最終的に現住所のある長沼村に居を構えたのが、明治30年の頃だったそうです。以来、雑貨屋と農業の二束のわらじの時代が4代にわたり続きました。

蔵

 私が就農した昭和46年には、米あまりのために水田を一部転作して、畑作物をつくる時代が到来していました。当時は、農業機械といえば共同利用の大型トラクターくらいなもので、ほとんど手作業に頼る時代であり、さらに家業である雑貨屋も、あちこちでオープンし始めたスーパーマーケットに押され気味で、行く末が心もとない時代になりつつありました。

 その後学生時代に餌の関係を勉強したこともあり、養豚部門も開始。また、ぼつぼつ離農する農家が現れたのを機会に、農地を一気に3倍近くの面積に規模拡大しました。今から考えると、ずいぶん大胆な選択をしたものだと我ながらあきれてしまいます。当時は基盤整備が終わったばかりで、水田はあちこち柔らかく、トラクターはぬかりずいぶん苦労したものです。その後、国と道の補助事業で暗渠(あんきょ)といって、地下に溝を掘って、土管を並べて地下水を抜く工事を何年もかかってやり遂げました。 この工事は、水田の仕事が終わる秋と春の限られた時期しか出来ないので、吹雪や雨降りの中でもカッパやヤッケを着て行ったのですが、とてもハードな仕事でした。そんな苦労の甲斐あって、現在はおおむね水田から畑にしても、問題なく作物が育つまでになりました。

 そんな苦労をしながらも、さらに離農跡地を譲り受けて規模拡大をしてきたわけですが、米の自由販売の時代を迎え、もう米を生産するだけの農家から消費者への直接販売に取り組むべきとの判断を下し、平成元年から直接消費者の元へ届ける配達業もスタートさせました。安全、美味しいをモットーに永年積み上げた米の生産・保管・精米・販売の一貫体系が実を結んで来たわけです。

 平成7年からは、仲間6軒で開始した農産物直売所「夢きらら」も、当初の予想を超える勢いで年々確実に売上が伸びていることも追い風になり、生産者と消費者の信頼感が太くなってきたと感じずにはいられません。消費者と顔の見えるお付き合いをさせていただいている事は、私どもにとって、かけがえの無い財産になっております。

 平成18年から、どぶろく「一魂」の販売を始め、当初の販売予想を大きく上回り大好評を博しております。
平成19年2月3日に、岩手県雫石町で開催された「全国どぶろく研究大会」のどぶろくコンテストに応募し、北海道から島根県まで31銘柄が出品された中で、「淡麗の部」において最優秀賞を受賞するという名誉を授かりました。これもひとえに皆様方の応援・支援があったればこその栄誉であるとともに、よりいっそう仕事に励めという激励でもあると考え、気分も新たに邁進してまいります。

 さらに平成20年からは数量限定で「どぶろくプリン」を販売、平成22年には「どぶろく一魂 彗星プレミアムタイプ」販売するなど、商品開発にも余念がありません。今後もさまざまな商品を楽しみながらお客様へ届けることができれば最高です!

 阪農場はこれからも、米の直接販売、野菜直売所、どぶろく販売と、今後もお客様の声を聞きつつ、皆様に喜ばれるファームで あり続けてまいります。

 現在、阪農場の社員は5名ですが、代表として息子の阪 由平がとりまとめ、さらに次世代を担う新しい農業者の卵も控えております。これからもずっと阪農場の歴史は続いていきます。 今後とも末永く阪農場をよろしくお願い申し上げます。

阪農場だんらん

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